食品工業の失敗学

げに恐ろしきは店頭の冷蔵ショウケース。

今回は食品工業というより食品の製造流通販売にかかわる温度管理のお話です。

食品衛生の管理は失敗すると人が死ぬというわけですので、食品メーカーはねじり鉢巻で品質の管理に勤めています。
管理する要素の中でもっとも一般的で原料、製造、輸送保管、販売のすべての段階で管理されている要素のひとつに「温度」があります。
製造中の温度管理で大失敗した例は以前爆発BBQソースの項でご紹介しましたし常温海上 コンテナ輸送中の温度の把握という点では爆発缶詰の項でご紹介しました。 
今回は、店頭ショウケースの温度管理についてです。

ショーケースの使用方法の誤り

ろくでもない  さて、こちらは某中堅SMのとある一店舗で見られた光景。 こういう陳列台はロードラインから上に積み上げないというのが低温ショウ ケースの基本です。 赤矢印の位置にに「これから上に製品を入れるな」という線がひいてあるものもあります。


なぜなら噴き出している冷気が商品に届かず、陳列してある食品をカバーしきれなくなり商品の温度が上昇してしまうからです。
赤枠で囲った部分は冷却されていません。 

ZL(ニュージーランド)では各地の保健事務所がこういうケースに目を光らせていて乳製品肉製品で4℃以下を維持できない場合には透明の断熱カーテンを付 けさせたりしていました。
(余談;わが国では未だに政府指定の冷蔵温度が10℃以下なのは日本七不思議のひとつです。)

で、この某社の別の棚の下段に積み上げられたヨーグルトの温度は何度だったか? 18℃でした。
まぁ回転の良い店なんだろうし、酸性食品だから微生物性の食中毒は絶対起きないけれど。。。 風味が悪くなるかもねぇ。。
丹精して製造したメーカーの人がかわいそう。
これで味がおかしいという苦情がでたらメーカーに振るんだよねぇ販売店様。




温度管理方法の誤り

さて、次の失敗例は、なかなか興味深い。  というかこれは本当にあちこちのスーパーマーケットで見られます。

 

左は冷凍魚のショーケースですが、まず、 Aの部分温度範囲が適切に表示されていません。
基準規格というものは 「ここから、ここまでが合格」。 あるいは「これより下が合格」というように範囲で管理されるものです。
この温度管理表には-18℃としか書いてありませんが、-18℃にぴったり温度をあわせるという気はないんでしょうから、「−18℃以下」と書かないとい けませんね。

で実際の温度は上の写真のように−4℃。。。 おいおい、とけちゃうよ。。。  塩分を含んでいるものなら、もう溶けだしている温度ですね。 また、この 温度では溶けていなくても消費者が購入して家に着くまでに溶け始めているでしょう。 
(実際この記事を書くために覗きに行ったら海老様がショウケースの中で一度溶けて再凍結していました。 これでも大手スーパーで売っているから安心して食 べてしまう味の分からない人々も居るんですね)

さて、上の写真のようにショウケース付属の温度計はこんなひどい有様を示しているけれど、左写真のBを見ると−26℃と書いてあります。
これはもしかして私が昔よくやった(hi)データの捏造ではないかいな?
温度を測りにきたときだけ、偶然にこんなに低温になっているなんてありえない。 普通はね。 いったいどこの温度を測っているのか?
あるいは、温度計の読みに関係なく-26か-28と書くように言われているとか。 これまた日本ではよくある話。。。
ためしに温度を測ってみたら−6℃から−10℃の間でした。 食品衛生法 では冷凍食品は−15℃以下で保管するように定められているはず。

買ってきた冷凍海老の味がどうもおかしいと、よくよく見てみたらこの有様だったという笑い話が、今回のネタのきっかけです。

この温度計は非接触の放射赤外線温度計というものです。
エンジンの温度、機械の軸受けベアリングの過熱の有無、てんぷら油の湯温、冷凍原料や冷蔵室内の製品温度を一瞬で測る優れものです。 ちょっとコツはあるけどね。
詳 しくはこちら
精度は±2℃ですが、このような目的には十分な計測器で、PGJはXYLと買い物に行くときに時々持って行きます。
データはウソをつかない。 数字は如実にその店舗の良し悪しを明らかにしてくれます。
(まぁ、普通こんなものは一般人は持ってないよね)

ちなみに、この店舗の他のショウケースでは「温度管理範囲−2℃〜+2℃」と書いてありましたが、実際は+6℃でした。 維持できない温度を規格として 持って居ると「基準を無視すること」が普通になってしまいます。 品質管理の悪い例ですが、このお店はそれが多く見られました。


データはウソをつかないけれど。 ウソをつく計測装置はあります。
よくあるのが、冷蔵(冷凍)ショウケースで冷風吹き出し口に温度計の感熱部分が設置してあるもの、当然のように低い値が出ます。
それを記録して、「このケースの温度は−18℃です」と言えてしまうところは素人さんの偉大さですが、この手のショーケースは山ほどあります。
そして赤外線温度計で測ってみるととんでもなく高い温度を示すことがほとんどです。
(以上は某大手GMS) 

ちなみにショーケース内を2℃にするには噴出す冷気は−10℃以下になっていないと難しいようです。
カーエアコンが室内を夏に24℃にするために吹き出し口での冷気の温度が10℃以下になっているのと同じ理屈ですね。
(このデータを取った別の店は上記と同じ資本の百貨店ですが、お見事に温度管理が出来ていました。 まぁそれは店長の差かね?)


お願い!商品の保管条件を読んで!

もっとひどい例になると要冷蔵の肉まんを冷蔵装置の無い平台のうえに山積みしているケースもありました。
こうなるとこのまま数日おかれるわけで、、、中身の肉アンは腐敗するでしょうね。
冷蔵食品は冷蔵してあるからこそ品質が保たれる。
刺身を常温の棚に出しておく馬鹿はいませんが、この肉まんは常温の棚に並べられた刺身と同じ条件ですね。

当然ですが容器には「要冷蔵10度以下で保存」と日本語で印刷してあります。
違法な外国人労働者を使っている居るのかねぇ。
(これは某田舎のSM)

普通、大手のスーパーマーケットチェーンは納入に際して製品規格書を納入業者、メーカーに要求します。
そこには、製品の特徴、製造条件、準拠している内外の食品関連法令、残留農薬管理方法などとあわせて、流通販売の温度条件も記載されています。
提出させたんだからファイルの肥やしにしないで利用すればいいものをねぇ。



「安心安全」と語る前に考えて欲しい販売する責任

さて、小売系企業の中の人も認 めておられる通り、販売店の各販売担当者の食品衛生への関心度は大変低いものがあります。
食品衛生は納入業者の仕事だと信じている人がどれだけ多いか。。。
口では「安心安全、お客様の健康を守り、怪しい業者の製品は納入させません」と幟を立てている小売店様各社。 実は自分たちの足元が一番危ないのよ。
食品衛生軽視は言うまでも無く顧客重視とはまったく反対の方向です。  

私は食品衛生と食品工業の品質保証の授業をすることがあります。 その際の一番初めの時間に学生に問う質問は、「食品にとって一番大事なものは何か?」で す。
延べ150人の学生に問うてきましたが、ズバリ正解の学生は少なかったですね。

正解は「その食品を食べたことが原因で食べた人が急性亜急性的に死なないこと」です。
HACCPが求めているのは、まさにこれですね。

一般の方々が大いに勘違いしているのは「HACCPをとった工場の製品は品質が良い、うそがない。」  というものです。
HACCPは死人や重篤な症状の食中毒を出さない為の仕組みで、それ以外のなにものでもありません。
まぁ、これは日本の厚労省のHACCP導入方法が最初の一歩から間違っていたからですが。
正しいHACCPとはこちら 

このほかの解答で、まぁ合格というのが「たべて不健康にならないこと」で、こういう回答が1/3。 
このほかに「美味しいこと」という実に分かり易い解答を出してくれた学生さんも居ますhi

閑話休題
温度管理は「手をきれいに洗う」という事と並んで食品衛生の基礎の基礎です。 これができていないとロクデモないことがおきます。
あの大企業雪印をおっ潰してしまったのは大樹工場の停電による低温維持の破綻でした。
さらにこれを製品として出荷してしまったダブルパンチであの名門企業はひっくり返ってしまいました。

ところが、日本の多くの小売店の売り場では温度管理滅茶苦茶が、未だまかり通っています。 PGJもXYLも、「この製品なら温度管理ずれててもOKだ ね」と判断できますが、普通の皆さんにはちょっとつらいかもね。
皆様、当たらないようにしてくださいね。

昨今アレルギー体質の人が増えています。 温度上昇によるほんの少しのタンパク質の変質が、とんでもないアレルギー症状を起こさないとは限らない世の中に なっているんですよ。
というか販売業の皆様、各社麗しい品質部門を持っているんだから、技術屋さんの言うことを素直に聞きなさい。 安く大量に売るだけが販売業の正義ではない はず。 
「お客さんを殺さない」ことがもっとも大事なんですよ。  そもそも法律は守って欲しい。

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