ある会社。売り上げを伸ばそうと、海外の系列会社に日本向けのミートソースの製造を依頼しました。
この計画を実施するために日本から製品開発の男が送りこまれてきました。今回はこの男のやらかした、凄い事。
この男、入社以来日本の工場で製品開発に当たっていました。はじめて外国の工場で仕事をすることになったわけです。
数ヶ月後、製品設計は一応出来上がり、ミートソース缶詰は出荷され日本で売り出されました。そして嵐のような苦情がわきあがったわけです。
お客様曰く、
「色の濃淡のバラツキがある」
「味の差が有りすぎる」
「ゴムのかけらが入っている」
今も昔も日本人は尊皇攘夷で日本が世界一だと思っているから、「とんでもない海外工場を検査して来い」と言う命令が私のところに来ました。
「しかたねぇなぁ」と出かけていって、まず工場内の検査。書類、設備とも、まぁまぁ悪くない。当然改善が必要な場所はあるけれども、致命的ではない。平均的に見れば日本の食品工場より遥かに綺麗だし、完璧ではないがよく運営されている。
次に、製造方法と原料を書いたレシピシートを見て驚いた。
苦情の山の原因は工場ではなく、日本人開発担当者の書いた商品設計書(レシピシート)の不良が原因でした。
トマトペーストは、トマトを粉砕濃縮したもので、ミートソースの赤みの元になり、また酸味の元になります。
ところが、トマトペーストに原料規格が無かった。工場は原料規格の指定がないので、在庫で余っているペーストを適当に合わせて使った訳。これは工場の怠慢ではなくて、設計者の手抜かり。
この開発担当は、日本の工場の原料担当が、どれだけ苦労して均一な色や甘みのペーストを集めているか理解していなかったのです。だから、「トマトペースト」とだけ書けばよいと思ってしまった。
ひき肉を大きくして差別化を図ったのが、この製品の「売り」の企画だったのですが、その工場にある肉挽き機(Meat Mincer/チョッパー)は切れ味が悪く、更に安い部分の肉を原料に使った為、やたらとスジが多い。スジは肉挽き機の切れ味が悪いと、製造後まるでゴムの板のようになって残ります。これが「ゴム片混入」苦情の原因でした。
さらに、肉牛の詳細を指定しておかなかった為、去勢オス牛等の臭い肉などが原料に混入し、異臭クレームが発生していました。
これは、牛の品種を指定し、老廃牛の肉を使用しない等の対策で異臭をなくしました。また、1ヶ月に一度だった肉挽き機の刃の研磨を生産ごとに研ぐようにしました。最終的には、近所の食肉工場のフローズンミンサーという冷凍肉をそのままスジごと、ひっくるめて挽き肉にできる機械で挽く事で、スジが残らないようにしました。
「玉ねぎが良い色になるまで炒める」とは一体どういう意味だかわかりますか?人によって良い色と思う色は異なります。玉ねぎを炒めている作業員の「これはいい色だ」という個人差が、最終製品の味や粘度、見栄えのバラツキに直結したわけです。
「蒸気がまの温度を何度に設定して、攪拌装置の速度を毎分何回転に設定、何分間炒める」 と書けば、毎回ほぼ同じ結果が出てきます。作業指示書には結果だけを書くのではなくて、「どう作業したら、そういう結果が出るか」を詳しく書かなければならないのですが、これが全く出来ていなかった。
この、「どうしたら?」という要素を KPI(Key Performance Indicator) と呼びます。
すっかり普及したHACCPはこのKPIの積み上げられたものです。HACCPの世界では重要なKPIをCCP(重要管理点)と呼びます。
最終製品規格の色の項目には「ミートソースらしい良い色」と書いてあります。いい加減にしろ!ですね。いい色って何?鮮やかな黄色に近いオレンジ色のミートソースが好きな人、赤黒い色のミートソースが好きな人、人それぞれです。それぞれの人が「これはミートソースらしい良い色だ」とやっているから、作る度に色は異なっていたわけです。
最終製品の色は、反射式カラーメーターで規格を作れば、L, a, b 数値制御 できます。明るさ成分はこの範囲、赤さ成分はこの範囲とすれば、誰が見ても許容範囲が判ります。「良い色」の感じ方は、照明の種類、皿の色、人種、瞳の色で全く違ってきます。TVモニター画面の最適調整が日本人向きとドイツ人向きでは異なるのと一緒です。
以上のような、原料規格や作業規格での基準の説明に対する怠慢と不備が、品質の不安定を発生させていたのです。
その工場の人々は、製造指示書や最終製品規格が数値的に書かれていないのを見て、不思議に思っていました。しかし、「これが日本式なんだろう」と思って、特に疑問を差し挟みませんでした。ですから、日本側から苦情をもらった時「全て基準通り出来ているのに、なぜ文句言われるんだ?」と感じてしまった訳です。
加工食品の開発というものは、「お料理」ではありません。まだ多くの食品会社で、お料理が好きなだけの栄養学科卒の坊ちゃん嬢ちゃんを製品開発に採用していますが、これは大きな間違いです。
(栄養学科の全てが悪いとは言いませんが、食品加工学、微生物学の初歩すら教えていない学校のいかに多いことか。。ま、だから栄養士ばかり採用する学校給食センターで食中毒がホイホイ発生するのか? E.coli O157大流行の時に、缶詰食品の大腸菌検査証明を求めてきたのも、この手の人々が大多数でしたから、基礎微生物学すら学ばせていないのが日本の栄養士教育なのでしょう。)
加工食品製造は言うまでも無く「工業」です。科学を無視したメニューの考案は、工夫した本人は面白いでしょうが、美味しくないし、見栄えも悪く、さらに食あたりの危険性も高い。
昔から続く伝統食品は先人たちの経験則が積み上がって出来ており、科学的に検証すると「なるほど!」と思うことが多々あります。昔の人たちは科学は知らなくても、人が死んだり、不味くなったり、逆に美味しくなったりする手法を経験的に学んでいたわけです。いま、私たちは伝統手法を「なぜ、そうするのか?」を科学的手法で理論として理解できます。いきなり、その科学的理論から逸脱すれば、よい結果は得られません。
まして、企業としての加工食品の開発は、まず第一に安全な食品を工業的に安定した生産が出来る設計にしなければ、会社が成り立ちません。
製品開発というものは、「真の美味しさを知っている上で、手に入る原料で、利用可能な機械で、いかに良い製品を手間無く、安い値段で作るかを考える事が出来る人」にしか出来ない仕事です。これは真の車の運転の楽しみを知ったうえで、幅広い工業知識を持った人でなければ良い車が開発できないのと、似ています。