

第49話 IECに合格したのに日本では不合格?
National Differencesという厄介な話
前回は電気用品安全法(電安法)の8条と9条を海外メーカーがごっちゃにしている話を書きました。 今回は、その前の段階で起きる「試験には合格したのに、日本向けにはまだ足りない」という、これまた頭の痛い話です。
海外の家電メーカーから「IECの試験は全部Passです。CB Certificateもあります。何が問題なの?」と聞かれることがあります。 いや、そのIECの試験が全部「Pass」なのは結構なことです。 しかし日本で売るのだから、日本の要求事項も確認してくれないと困るのよ。
この「日本の要求事項」の一部が、National Differences(国別差異)、あるいはNational Deviations(国別の修正要求)と呼ばれるものです。 何しろ横文字ばかり。 電気の素人にはわけがわからんでしょhi。
結論を先に言います。 IECの試験報告書があるだけでは、日本の電安法に適合した証拠として十分とは限りません。 もっとも、IEC試験を日本で最初から全部やり直せ、という話でもありません。
1. そもそもIECって何者?
IECはInternational Electrotechnical Commission、国際電気標準会議のことです。 電気製品について「これだけの安全性は確保しましょう」という国際規格を作っています。
電気ケトルや照明、トースター、掃除機、充電器など、それぞれの種類に応じた試験方法や要求事項が決まっています。
国ごとに全部違う規格だったら、世界各地に輸出するメーカーはたまりません。 JA(日本)向け、欧州向け、BY(中華人民共和国)向け、と、同じ製品を何度も試験する羽目になります。 そこでIECという共通の物差しが役立つわけです。
一方、日本にはJIS(日本産業規格)があります。 IECを基礎にして作られたJISもたくさんありますが、IECの文章を単に日本語へ翻訳しただけ、とは限りません。 日本の事情に合わせて修正されることがあります。
ここでさらにややこしいのが電安法の「別表第十二」です。 これは「国際規格等に準拠した基準」で、例えばJ60335-1という基準番号と、その本文として用いるJIS C 9335-1の特定の版などが表に指定されます。 J60335-1とJIS C 9335-1は、名前が似ていても同じ番号体系ではありません。
Jの付く基準番号、対応するJIS、元になったIEC、さらにそれぞれの発行年まで見なければなりません。
経産省のwebに行くと別表十二を見ることができます。
これ、しょっちゅう更新されます。 経産省のこのページで、最新版を見つけましょう。 https://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/topics.html
これをどう使うか? ですが。
例えば電気洗濯機の場合は緑で囲んだJ60335-1の第1部(通則)とJ60335-2-7の第2部電気洗濯機の個別要求の試験に合格しないといけません。
この他にも、EMC雑音試験の基準が表の下のほうに付いています。
2. 世界共通の規格なのに、なぜ日本だけ違う?
「国際規格なら世界中で同じでいいじゃないか」というのはもっともな疑問です。 しかし、家のコンセントを考えてみてください。 日本では100Vが普通ですが、欧州では230Vの国が多い。 電源プラグの形も違います。 そして、電気が漏れたときに人を守る仕組みも、国によって違うのです。
例えば接地(アース)。 日本の一般的な低圧配電ではTT方式が使われ、欧州ではTN方式が広く使われています。 どちらも感電事故を防ぐための仕組みですが、故障したときの電気の流れ方や、保護装置に期待する働きが違います。
それに日本の住宅には、昔からアース端子のないコンセントも多くありました。 海外で「この製品は接地された電源につなぐから安全」と設計しても、日本の実際の使用環境で同じ説明が成り立つとは限らないわけです。

だからIEC規格をそのまま使うだけでなく、日本の配電事情や使用環境に応じた追加・変更要求が設けられる場合があります。 これがNational Differencesの考え方です。 日本が意地悪をしているというより、前提にしている電気設備が違うのです。
3. National Differencesとは具体的に何が違う?
国別差異というと、何やら巨大な追加試験を想像するかもしれません。 実際には製品と適用規格によって内容が違います。 試験条件を変えるものもあれば、構造、部品、表示、取扱説明書などを確認するものもあります。
| 確認するもの | なぜ日本向けに確認するのか |
|---|---|
| 電源電圧・周波数 | 100V、50/60Hzなど、日本で実際に使用する定格条件で安全か |
| プラグ・電源コード | 日本向けの接続部品、定格、構造が適切か |
| 接地・感電保護 | 日本の配電方式や接地の利用状況でも安全を確保できるか |
| 部品・材料 | 採用した部品の規格、定格、認証や構造が適用要求に合うか |
| 表示・説明書 | 適用基準で要求される表示や使用上の注意が満たされているか |
※ これは理解のための代表的な確認項目です。全部がNational Differencesの追加条項という意味ではありません。 具体的な要求は対象製品に適用されるJ規格、JIS、別紙等で確認します。 たいてい、それぞれのJISの最後の方のページにある「解説」の前に「国際基準との差異」という表がついています。
たとえば欧州向け240V製品のCB Reportを持ってきて「日本は100Vだから電圧が低くて、もっと安全でしょ」と言われても困るのです。 電圧が低ければ何でも安全、ではありません。 同じ消費電力なら電流が増える場合もありますし、発熱や異常運転の条件だって変わり得ます。 240V用の細い電線で100Vの大電流を流したら燃えます。
義務教育を受けたらP=IV は覚えますよね。
4. IECのCB Reportがあれば大丈夫、という勘違い
海外メーカーとの会話でありがちなのが、こんなやり取りです。
“Our product is IEC certified. Japan is covered, right?”
「IEC認証済みだから、日本も大丈夫ですよね?」
いやいや。 CB Schemeは国際的に試験結果を活用するための仕組みですが、CB Test Certificateは世界中で無条件に販売できる免許証ではありません。 日本の電安法への適合を自動的に保証するものでもありません。
CB Reportの中にJapan National Differencesの評価が入っているか。 対象となるIEC規格と日本のJ規格の版は一致するのか。 日本向けモデルのプラグやコード、主要部品、定格は報告書の内容と一致するのか。 そこを見ないといけません。
しかも「Japan ND evaluated」と書いてあれば、それで全部終わりとも限りません。 評価した規格の版が古かったり、製品がその後に設計変更されていたり、日本向けの構成が報告書に含まれていなかったりすれば、追加確認が必要です。 先程の最新版の別表十二と、お手元のCBレポートを見比べて、その製品に合った、かつ、きちんと有効期間中の基準を使っているかどうか確認しましょう。 違っていたら、「電安法8条1項不適合」と役所に言われます。
よくあるのは「世界共通モデルです」と言いながら、日本向けだけ電源コードが違う、という話。 世界共通じゃないじゃないか。 その変更したコードを含めて安全性を確認してくれ、というだけの話なのですが、なぜかこれが通じないことがあります。
5. JISとIECが同じ、という思い込みも危ない
もうひとつ面倒なのは、JISがIECを基にしているからといって、すべての条文が一致するとは限らないことです。 規格には国際規格と同一のものも、技術的な修正を加えたものもあります。
しかもIECは改訂されます。 JISも改訂されます。 しかし両者が同じ日に改訂されるわけではありません。 別表第十二で採用される版の更新も別の話です。 最新版のIECで合格しているから、昔の版を引用している日本の基準にも当然合格、という理屈にはなりません。反対に、日本のJIS最新版を持ってきたからといって、その版がそのまま別表第十二で指定されているとも限りません。 ここは規格番号だけでなく、年号や追補まで確認する必要があります。
規格の世界では「新しいから正しい」では済まないのです。 どの版を適用するかが決まっていて、その版に対して適合を確認する。 これが面倒でも基本です。
6. 番号がそっくり。これがまた誤解のもと
ここで、規格の番号を見てみましょう。 家庭用電気機器の安全規格に「IEC 60335-2-2」というものがあります。 掃除機などについての国際規格です。 これに対応する日本のJISは「JIS C 9335-2-2」。 そして電安法の別表第十二には「J60335-2-2」という番号が登場します。
IEC 60335-2-2、JIS C 9335-2-2、J60335-2-2。 どうです、そっくりでしょう。 真ん中のJISだけ最初の数字が9になっているものの、末尾の「335-2-2」は共通です。 しかもJ規格の番号はIECとほぼ同じで、頭にJを付けただけのように見える。 これでは「同じ規格を三通りに呼んでいるだけ」と勘違いする人がいても不思議ではありません。
しかし、そうではない。 IECは国際規格。 JISは日本産業規格。 そしてJ60335-2-2という表記は、電安法の別表第十二で使われる基準の識別番号です。 別表第十二には、そのJ番号に対応するJISの版や、元になったIECの版が示されています。 似た番号は「親戚関係」を教えてくれますが、「中身が完全に同じ」という証明にはなりません。
例えば経済産業省の別表第十二の資料では、J60335-2-2(2022)に対応するJISとしてJIS C 9335-2-2:2021が、対応IECとしてIEC 60335-2-2:2019が挙げられています。 番号だけでなく、年号まで違う。 これが普通なのです。
7. IEC 60335-2-Xは、家電製品の種類ごとに分かれている
「IEC 60335-2-X」という表記のXは、製品の種類によって変わる番号です。 例えばIEC 60335-2-2は掃除機、IEC 60335-2-3は電気アイロン、IEC 60335-2-9はトースターなどの可搬形調理機器に関係します。 Xという一文字の規格があるわけではありません。
そして、このシリーズには「IEC 60335-1」という共通の安全要求事項があります。 こちらは家電全般に共通する土台。 それに対して「-2-2」や「-2-9」などのPart 2は、その種類の製品ならではの危険を扱います。 掃除機とトースターでは、気をつけるところが違いますからね。 通常はPart 1と該当するPart 2を組み合わせて評価します。
さて海外の工場から「IEC 60335-1とIEC 60335-2-9で試験済み。だから日本でもOK」と言われたら? ちょっと待ってください。 日本で適用する別表第十二のJ番号は何か。 そのJ番号が引用するJISは何年版か。 元のIECと比べて日本向けの変更点はないか。 これを確かめなければなりません。
このように令和8年7月末で切れる基準のJ60335-2-32(H30)で試験されたCBレポートを持っていてもだめなのよ。 きちんと無効になっていない-2-32(2023)で試験したレポート持ってなさいね。 ということ。
さらに厄介なのは、Part 1とPart 2の組み合わせにも版の指定があることです。 新しいIEC 60335-1の試験成績書と、別の世代のPart 2の試験成績書を持ってきて「どちらも合格」と言われても、それだけでは日本の要求を満たす組み合わせか判断できません。
要するに、規格番号は住所のようなもの。 同じ町内に住んでいても、家の中まで同じとは限らない。 番号を見て安心するのではなく、適用される版と日本向けの差分を確かめる。 ここを飛ばして「IECとJISは同じでしょう?」と言われると、いや、だからそこが問題なんだよ、と言いたくなるわけです。
8. では、日本の輸入会社は何を確認すればいい?
電安法第8条第1項では、届出製造・輸入事業者に技術基準適合義務があります。 海外の試験所が「Pass」と書いてくれたから責任も海外に移る、という制度ではありません。 前回の第48話で書いた話につながります。
私なら、まずその製品が電安法の対象か、対象ならどの品目かを確認します。 次に適用する別表第十二のJ規格と本文のJIS、その版を特定します。 そのうえで海外メーカーにCB CertificateとCB Report、Japan National Differencesの評価記録を出してもらい、足りない試験や構造確認がないかを調べます。
そして日本で販売する実物の型番、電源プラグ、コード、部品表、銘板表示が報告書と合っているかを確認する。 ここを省いて書類だけ集めても、書類の中の製品と実際に輸入する製品が違ったら意味がありません。
なお、CB Reportは技術基準適合を説明する有力な証拠ですが、法第8条第1項が「CB Reportという名前の書類を必ず保存しろ」と書いているわけではありません。 要求されるのは適合そのものです。 それをきちんと説明できる技術資料が必要なのです。
9. 最後に、国際規格だから安心、とは限らない
電安法の別表第十二は、国際規格を活用して合理的に安全性を確認するための仕組みです。 だからIECの試験が無駄なのではありません。 むしろ非常に役立ちます。 ただし、国際規格を使うことと、日本固有の要求を無視することは別問題です。
海外メーカーが「IEC Pass!」と言ってきたら、まず「それは結構。 ではJapan National Differencesは?」と聞いてみてください。 相手が即座に適用規格、版、評価記録を示せれば話は早い。 「日本はIEC加盟国だから大丈夫」という返事しか出てこなかったら、そこからが仕事ですな。
日本のコンセントで使う電気用品を日本で売るのです。 日本の条件で安全かどうか確認する。 ただそれだけのことなのに、世界中のメーカーと何度も同じ話をする羽目になる。 電安法の仕事というのは、なかなか退屈しません。
参考資料
経済産業省:別表第十二 国際規格等に準拠した基準(2026年6月版)
経済産業省:電気用品安全法 法令業務実施手引書(和英対照にできる版もあります)
※本稿は制度の考え方を一般向けに説明するもので、個別製品の適合判定ではありません。適用基準は販売時点の告示・通達・経過措置と対象製品に応じて確認してください。